最近[出さなかった]コンペ

卒計の話は面倒くさくなったので後回しにし、最近失敗した話を。
先日シェルターコンペに出そうとして図面までひいて出さなかった話。


理由・・・
時間短縮しようとして模型を後回しにした。出さなかったのは
別に模型を作る時間が無かったからではなくて、最初の部分を立ち上げた瞬間に絶対に勝てないと直感したからだ。
割とミクロな提案でほとんど家具のようなものだが、それがばーっと広がって一風変わった眺めを作るようなもだった。


模型は1/100で作ろうとしたが、それでは家具スケールの空間性は伝わらない。
といって部分模型を作って雰囲気が伝わるようなものではない。
3Dで立ち上げても光と材質の関係が複雑すぎてうまく行かない。
最低限の狙い通りのものを作ろうとしたらA-1くらいの面積は必要だった。
それでもと望みをかけてスケールを落としたがだめなものはだめだった。
それからOHPシートの扱いに馴れてなかった事。
せっかくプリンタを貸してくれたT氏ごめん。



(あやしい話を砕いて話せない。結局生まれる状況でしか説明できない。)
(これは逃げなんじゃないか。)
(でも結局モノはモノだから。そういうもんかもしれない。)





時間管理の失敗はもとより、もっとモノの性質を知らないといけないと思った。
黒めに印刷したOHPシートを3枚重ねたらどうなる?
1/100で家具を作ろうとしたらどれほどの誤差が生じる?
白いスチレンボードはどれほど光を反射する?
模型ら作り直しが出来るから良い。(それさえできなかったが)
これが実施だったら何が起こっていたか。
レンゾピアノだったか、欧米の建築学科にはなぜ木工と金属細工の器具が置いてあるかを語ってたのは。
訓練の意味から考えるとたとえ模型づくりでもそういうシビアな目は持っていたい。
今日のパンチラ院『うだうだ言ってもだめな自分が悪い』



素材に対する執着。
元来日本人は弱い?
本読んでてもどっちかというと空間に対する感性が強調されてる。
a+uと新建築を読み比べても同じ事を思う。
・素材の持つ可能性を無視する事と素材表現を控えて空間性を浮き彫りにすること・・・その相克は?
・例えばセジマ先生の白い建築は・・・
・消える白と浮かび上がる白がある気がして来た。
・この前の飲みでIgと白についてちょっと喋ったが。
安藤忠雄のコンクリートは透明な気がして来た。それは都市景観に対して建築が中立であるためにコンクリートを選択するという安藤のポリシーがそうさせている?それとも彼が日本的な空間を意図するゆえ?


・結局白かどうかは見た目上の問題でしかなくてその核心には「透明な表面」「透明な空間」という意図が隠れているのではないでしょうか。はい。つまり白じゃなくてコンクリートでも何でも同じことができるのでは。はい。